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グローカル芸術拠テン

本日21日(火)から、

清水駅の目の前、

清水文化会館マリナート1Fギャラリーにて、

「グローカル芸術拠テン」

という美術展が開催されます。

この展覧会は日本、タイ、韓国の

美術系大学教員と若手作家による国際展です。

26日(日)まで。

10:00~18:00です。

私も出展させていただきました。

興味のある方、是非足をお運びください。

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静岡県文化プログラム『ARTORO』 第2回目

静岡県文化プログラム ARTORO

第2回「なぜこの場所に?」フィールドワーク

かなりの長文です。

(主観で書いているので間違った記述もあるかも・・・)



10月29日に行う予定だったフィールドワーク、

台風の影響で1週間延期しての開催。

11月5日、快晴。

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この日は登呂遺跡の田んぼの稲刈りが行われていて、

のどかな秋らしい雰囲気につつまれています。

でも、竪穴式住居の前をトラクターが通過する様は

ちょっとシュールでおもしろい風景です。



今回のフィールドワークの最大の目的は、

「登呂の人たちがなぜこの場所を選んだのか?」です。

午前と午後の2部形式で周辺を歩いて探っていきます。

講師は静岡大学の篠原先生と

伊豆半島ジオパークの鈴木雄介さん。


 

午前は11時スタートで登呂遺跡北側を散策。

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現在の登呂遺跡は当時の村のほんの一部。

当時は南北に長細い集落があり、

現在の登呂遺跡の東側には田んぼが広がっていたそうです。

今は住宅街です。

そんな田んぼが広がっていたあたりでまずは湧水を確認。

よく見ればあっちの家にもこっちの家にも・・・。

湧水の多さ、水の豊かさに驚かされます。

そして、車だとあまり気にしないけど、

歩くとゆるやかに窪んだ地形がよくわかります。

これは、登呂遺跡発見時の軍事施設の土地造成の名残。

いろんな時代が重なって今があります。



篠原先生からは、

このあたりに墓があったとか

川があったとか、

別の集落があったとか・・・

いろんな話を聞きながら、

弥生時代の風景を想像してみます。

午前は、高いところからも見てみようと、

SBS静岡新聞社17階のtembooにお邪魔して眺めてみます。

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意外と登呂遺跡と海が近い。

雄介さんから地形の成り立ちなんかの説明も聞きながら

自分たちの今いる位置を捉えていきます。

俯瞰で見ると、

登呂の人たちはいい場所を選んでいたのがよりわかります。
 

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その後、改めて地面の起伏や湧水を見ながら登呂遺跡に戻ります。

途中住宅と住宅の間に小道があって、

その奥に森林跡なるものが現れます。

どうやらこのあたりに杉林が広がっていたようです。

杉の木は山から運んでくるものばかりと思っていたけれど、

実はすごく身近な場所にあって、

住居のすぐ目の前から材料調達できていたのかもしれません。

この森林の範囲、いったいどこまで広がっていたんだろう?

気になります。



登呂遺跡北側をぐるりと一周して前半終了。

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ここまでだいたい2.4㎞、90分ほどです。


登呂遺跡にてお昼。

天気がいいので外で食べます。

日光と風がとても気持ち良いです。



午後ルートは登呂遺跡南側を散策。

海まで歩いてみます。

歩く前に雄介さんの用意してくれた地図を見ながら

ちょっとだけレクチャー。

現在の海抜が色分けされている地図、

大正時代の地形図、

浜堤(ひんてい)や自然堤防の位置がわかる治水地形分類図、

縄文時代の海岸線ラインがわかる地図、

安政東海地震による津波の浸水範囲がわかる地図等、

いろいろな地図を用意してくれてあります。

それらの情報を重ね合わせてみると・・・

おーなるほど!おもしろい!

それらの地図を片手に午後ルート出発です。



午前と同じで、歩くと地面の高低差がよくわかります。

むかーしは田んぼだったところは今は新興住宅地。

この周辺には神社とかはないので

昔ながらの祭はなかったのですが、

住宅地になり、人が集まるようになると、

有志が祭をはじめ、もう50年ぐらいつづいているそうです。

生きる上で祭は、人の和を築くのに不可欠なものかもしれないです・・・。

新興住宅地もいつもと違う角度で見ると結構おもしろいです。



碁盤の目のようなこの住宅街にも、

その昔遺跡(汐入遺跡)があり、

登呂の人たちが洪水で村が失ったとき、

この地に移り、そしてまた戻っていったらしいです。

しかも洪水があったのは3回。

その都度行きつ戻りつしながら、

登呂の村を立て直したそうです。

登呂遺跡からほんのちょっと離れたところにあった集落。

登呂遺跡と関係の深い集落。

この地の魅力、奥が深そうです。



住宅街を抜けると浜堤と呼ばれる丘上の地形が現れます。

ここからは海抜10mほどの登山です。

大正時代の地図を見ると、

浜堤に住宅街があったことがわかります。

(それ以外はほとんど田んぼ。)

浜堤に広がる住宅街は道も細く、曲がりくねっていて、

路地裏のような雰囲気が色濃く残っています。

このあたりは田んぼではなく畑になります。

一軒一軒の家も大きくなります。

頂上付近にある神社の地面は砂地であるのも大きな特徴。

この場所、改めてゆっくり歩いてみたくなります。


下山を開始し、海に向かって歩きます。


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海はテトラポットマニアにはたまらない場所です。

いろんな形、大きさがあります。

テトラポットがあるということは

それだけ波が荒いことの証明。

その荒波から陸地を守るためのテトラポットですが、

これが三保半島に大きな影響を与えているのも事実。

環境の変化は巡り巡ってどこかに大きな影響を与えます。



海沿いを抜けて、

自然堤防のあったあたりの住宅街を歩いていきます。

やはり細い道と大きな家だらけです。

こういう雰囲気の場所、結構残っているものですね。

この集落の中に白髭神社が建てられています。

白髭神社は水の神様、

水害から守ってくれる神様が祭られている神社で、

全国に267あり、そのうちの64が静岡、

さらにそのうちの41が安倍川の流域沿いにあるそうです。

この地もそれだけ安倍川の氾濫が脅威だったのでしょう。

災害から身を守るため、

少しでも高い地を選びそして村全体の安全を願う。

「生きる」という目的に、

「安全に生きる」というレイヤーが重ねられている感じです。

もしかすると祭などはさらに、

「豊かに生きる」というレイヤーが重ねられた事象なのかも。



登呂遺跡に戻る途中、

避難タワーの役割も備える建物を確認。

昔は少しでも高い地を定住地としていたのに対し、

現代は低地に住む代わりに、

こういう高い施設が不可欠になってしまっているのですね。



いくつもの災害を経て、

その都度淘汰されて残った場所なのかもしれないが、

「生きる」という最大の目的に、

安全と豊かさを重ね合わせた結果が、

この登呂の場所なのだと思います。


この純粋な「生きる」という敷地選びが、

現代の我々が忘れてしまっていることかもしれない。

「豊かさ」ばかりに目を向けてしまい、

肝心の「生きる」を忘れてしまっているから、

危険と背中合わせの場所に住んでしまう。

我々が家を建てる時の敷地選びで気にするのは、

駅から何分か、

スーパーはどこにあるか、

学校はどこにあるか、

金額が安いか・・・

そういう「豊かさ」だけを求めた社会的システムの中で選択してしまうが、

古代の人は「豊かに生きる」という視点で選択しているように感じます。

今だからこそ古代人に見習う視点、必要かもしれません。


そんなことを考えながらゴールに向かいます。

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午後ルートはだいたいこんな感じで終了。

およそ4.3㎞、120分ほどです。

登呂遺跡に戻ってから、参加者みんなで疑問と発見について話す。

みなさんいろんな意見があって、この時間もたいへんおもしろい。

各分野の専門家と一緒に廻るフィールドワーク、

とてもとてもとても贅沢な時間です。



これにて2回目も無事終了。

次回、3回目はこの土地の記憶を

地形と地層の模型をつくって再確認してみたいと思います。

鳥瞰で見たり、断面で地層を見たり・・・。

またいろんな発見がありそうで楽しみです。


伊豆長岡『三養荘』

今年、伊豆長岡にある旅館『三養荘』の本館がめでたく登録有形文化財となりました。

この建物は、旧岩崎久彌別邸として建てられた近代和風住宅であり、

京都の材料と職人を使った本格的な数寄屋建築です。

庭は名匠小川治兵衛の流れを汲む作庭がなされています。

ちなみに新館は村野藤吾設計の建物で、こちらも落ち着きのあるとても居心地のよい空間です。


登録有形文化財の申請に際し、実測と図面作成のお手伝いさせていただきましたが、

復元図面を描いていると、

「おっ!ここがこうなってるのか」とか、

「ここでこんなことさせようとしていたのか?」とか、

「ここでちょっと気持ち切り替えた感じだな」とか、

なんとなく設計した人の疑似体験をしているようで結構おもしろかったです。

特に、この建物は京間と江戸間が混在しているのですが、

それを意図的に使い分けしていたりと、いろんな発見もあって勉強になりました。


こういう建物は泊りでもしないとなかなかじっくり見れないけれど、

こんな見学会が企画されているようなのでご紹介します。

常葉大学土屋先生の解説付きです。

韮山反射炉や江川邸も見学するみたいです。


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静岡県文化プログラム『ARTORO』 第1回目

静岡県文化プログラム2017『ARTORO』

10月1日(日)、第1回目の遺構発掘体験が終了。

 


遺跡の発掘って刷毛とかで丁寧に行うイメージがあったけど、

実際はスコップで掘り進めてしまうんですね。

発掘って意外と大胆。

もちろんきわどいところは丁寧にやるけど、

それ以外はほとんど重労働。

遺跡発掘というより住居そのものをつくっている感じ。

ざっくり掘るところと丁寧に掘るところ、

ぼくらは作業上道具を換えたりして掘ったけど、

昔の人も道具を使い分けたのかな?

たったこれだけのことでも、

竪穴式住居は実はもっといろんな工夫でつくられていたんじゃないのか・・・

と思ってしまう。

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ところで、登呂遺跡の柱って角材が使われてるって知ってました?

丸太じゃないんですよ。

わざわざ角材に製材して使ってる。

こんなことも知ると、

さらに竪穴式住居はもっといろんな工夫でつくられていたんじゃないのか・・・

と思ってしまう。

それにしてもただ掘るって思ったよりも大変。

大変だからこそ、大変さを共有するからこそ、

自然と一体感が生まれてくる。

きっと昔の人も同じ。

こういうのがコミュニティの結束力につながるんだなぁ。

大変だからこそ、祝祭とかで喜びに変換する必要がある。

労働歌とか生まれる意味もなんとなくわかる。

どこかで大変さを喜びに変換しないとやってられないよね。

祭りとかはある意味変換作業で、

それが一緒に生きる活力になっていくんだろうね。

大変さだけでもダメだし、祭りだけでもダメ。

一連の流れがあってこそ成立するんだろうな。

おもしろいなぁ。

そういえば、岐阜の白川郷の茅葺きの葺き替え作業って、

かつては村人総出でおこなってたんだよね。

で、この共同で行う作業制度を「結(ゆい)」と呼んでいたそうだけど、

なるほど、「結」とはよく言ったものだ。

大変で単純な肉体労働は人と人を結びつけるものね。

今回の作業を通してものすごーく納得。

なんて、わかったようなこと書いてるけど、

実際の作業なんてほんのわずかしかしてないのです・・・スイマセン。

今回は時間に限りがあったので、

X軸Y軸の2方向の幅50㎝ほどを試掘しただけ。

気持ちは半円ぐらいは掘り出したいなんて思っていたけど、

とてもムリ。

でも、たったこれだけ掘っただけでも深さや全体の広さがわかります。

昔の住居(竪穴式住居)は、いわば今で言うワンルームなのだけど、

だいたい現代のリビングとほぼ同じくらいの広さなんだな・・・

ってのも体感としてわかった。

昔も今も身体的なスケール感って変わらないんだね。

他にも体感してわかったことがいろいろ・・・。

知識として知るんじゃなくて体感として知るって貴重。

頭と体をフルに使ったせいか、

翌朝は妙にすっきりした朝でした。

この企画、思った以上に心身ともに健康になれそう。

そして、思った以上におもしろいです。

ちょっと興味を持った人、

2回目以降の企画もまだまだ募集していますよー。

詳細・申込はこちら → http://artoro.jp/


一つ屋根で暮らす

仕事柄、「心地いい家」とは?ということはよく考える

最近よく聞く高気密高断熱とかではなくて

光とか風とか地形とか気候とか風土とか・・・

生きるというあたりまえのいろんな関係性から

もっと素直に

もっとシンプルに

もっとじっくり考えてみたいなぁ

もっと私たちのこの身体を軸に

私たちの住まいを創造してみたいなぁ

と思っていたら

こんな企画に関わる機会をいただきました



artoro 「一つ屋根で暮らす」



2020年にカタチにできるように

いろいろ学びながら確認しながら進んでいく予定です

とりあえず今年度の予定が発表されました

すごーくおもしろくて

すごーく貴重な経験になる予感

興味のある方、一緒にいかがです?



場所は静岡の登呂遺跡

弥生時代の代表的な遺構になります

住まいを考える上で

いろんなことをそぎおとして そぎおとして

原初的な思考で考えようとするなら

これほど適した場所を活用させていただけるなんて

またとない機会で

今からすごーく楽しみです



この話をいただいたころ

富士宮の RYU GALLERY さんから

来年の企画展「縄文DNA展」への参加の話をいただいた

まったく別の企画でまったくの偶然なのだが

弥生と縄文が同時にやって来て

これはきっと何かに導かれている気がしてならない・・・

『境界線から考える都市と建築』出版

『境界線から考える都市と建築』という本が

鹿島出版会から出版されました。

建築史家である三宅理一先生を筆頭に、

OBOGによる論考が多数掲載されております。

私も第1章の「保存をめぐる紛争と制度上の諸問題」

のところで執筆させていただきました。

是非、ご購入の上、ご一読ください。

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静かな空間 紙の仏像

静かな空間

やさしい光

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紙でできた仏像

祈りをふわっと包むような雰囲気

愛くるしい作品たち

青木一香さんの掌の中

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心やすらぐひととき

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暮らしのぐるり

打合せをしていると

たまにグッとくる言葉に出会える時がある



今回出会えた言葉は

『暮らしのぐるり』



たとえば、修繕しながら長い時間生活するのもそうだし

捨てられてしまうものを、肥料とかに使うのもそう

繰り返す季節の中から生み出される自然素材

老人から子供に受け継がれる技術

暮らしの中にはいろいろなぐるりがある

大きなぐるりも小さなぐるりも

いろんな関係性で成り立っている



ぐるりを大事にした場にしたいという思いがあふれた打合せは

とても深く考えさせられたけど

とても楽しい時間でした



以前『失われた手仕事の思想(塩野米松著)』という本を読んだが

この中にもいろんなぐるりが描かれていて

とてもおもしろかったことを思いだした

ふじのみや・まちなかアートギャラリー

本日6月16日(金)から、25日(日)まで、

『ふじのみや・まちなかアートギャラリー』が開催されます。

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富士宮の商店街の各店舗に、

いろんな作家さんがいろんな作品を展示しています。

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私も『ギャラリーくぬぎ(№56)』で、

Do Arts Fujisan のグループ展に参加しております。



こちらでは「昭和」をテーマに展示が並んでいます。

昭和を知っている人の作品、知らない人の作品、

いろんな世代のいろんな昭和があっておもしろいです。

改めて昭和を見つめてみると、

新しい昭和が見えてきます。

こちらの会場は11:00~17:30です。



20日(火)と23日(金)の11:00~14:00は、

私が当番で在廊しております。

お時間ある方、遊びにいらしてください。

お茶用意して待ってます。

藤森照信展

金曜日に茨城県水戸市にある水戸芸術館へ行ってきました

目的は『藤森照信展 ―自然を生かした建築と路上観察―』

平日ということもあり、来客数も少なく建物外観も広々と感じます

IMG_8631.jpgのサムネイル画像



展示はすべて写真撮影OK

展示されてる椅子にも座ることができます

体感できる展示は楽しいです



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だれにでもわかるわくわくする建築物

こういう建物は見てるだけでも楽しいです


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建築のよさは形と素材であることを改めて実感

とても刺激になる展示でした



 

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